2010年4月8日・9日

神代桜 と 身延山・久遠寺の枝垂れ桜 と 大法師公園の夜桜 

諏訪大社・御柱祭り

2日目-2  いよいよ本番 諏訪大社下社・御柱祭 木落し

今度こそ木落しの会場へ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10時10分頃にはクラブツーリズムの専用駐車場に着きました。

   

駐車場からは15分程歩いて会場へ。下右のお宅の玄関脇には弓が飾ってありました。

  

3時間前なのにもう見物客が押しかけていました。

  

舞台が作られ 踊りや木遣りが演じられていました。

  

バンクーバーのスケートのメダリストが登場

諏訪湖はスケートとは縁が深いそうで、


明治39年(1906年)、長野県下諏訪町の飾り職人河西準乃助が、
下駄の底に鉄製の刃をつけた「カネヤマ式下駄スケート」を発明。
この下駄スケートは、諏訪湖に来たスケート愛好家の間で急速に広まり、
次第にスケートが競技スポーツへと発展していくきっかけとなった。

明治42年(1909年)2月14日、長野県諏訪湖にて、「第1回諏訪湖1周スケート大会」が開催された。

で、花を添えるため メダリストが呼ばれたようです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

木落し坂で動きがでてきました。

赤い旗は止まれ、白い旗が振られて木落しが始まります。

3時間待って、あっと云う間に木落しは終わりました。

救急車が待機していましたが怪我人は出なかったようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

駐車場から出てバスが動きだすと、落とした御柱を曳いている行列が見えました。

甲斐の山々を見ながら甲府駅へ。

甲府駅で ↓

テレビだとこんなにはっきり見えるんですね。

でもあの会場全体の高揚感は現地でなければ味あえないと思うので、満足です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あずさ24号で新宿へ帰ってきました。

 

検索した(新聞)結果の抜粋です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

諏訪大社・御柱祭

寅(とら)と申(さる)の年にあたる7年目ごとに行う諏訪大社の式年造営の祭りで、
諏訪市の上社本宮、茅野市の上社前宮、下諏訪町の下社秋宮、下社春宮の二社四宮の四隅にモミの巨木を建てる。
併せて、古くは社殿の造営(建て替え)をしており、今回は宝殿を建て替える。
 上社、下社それぞれに、巨木を山から里へと引き出す「山出し」と、
神社までの道中を曳いて各社殿四隅に建てる「里曳(び)き」があり、3日ずつ、
計12日間行う。今回は2010年4月2日から5月10日の間に繰り広げる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 上社の「山出し」が終わった諏訪大社御柱祭は、第2幕となる下社の山出しが9日から下諏訪町で始まる。
祭りの全体を通じて最大の見せ場とも言える豪快な「木落とし」が、
11日までの3日間行われ、今回も多くの見物客を集めそうだ。

 下社の御柱8本は、霧ケ峰山ろくの東俣渓谷にある「棚木場(たなこば)」が曳行(えいこう)開始地点。
9日午前7時から3本が順次スタートし、残り5本は10日朝に出発する。
谷沿いの細い道を2・6キロ進むと、最初の難所、萩倉集落の「萩倉の大曲がり」に達する。
S字状のカーブをどう通過するか、氏子たちの腕が問われる。

 棚木場から3・5キロ、最大の難所の国道142号に面した「木落とし坂」は、
最大斜度35度、高低差32メートル、長さ約100メートル。その規模は上社の坂を大きく上回る。
前回04年の終了後、えぐれた斜面に土を入れ、ササを植栽するなどの改修が行われた。
血気盛んな男たちが乗る木落としは常に危険を伴い、豪快さと同時に安全性が求められるところだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

諏訪地方では小さな神社でも四隅に柱を建てるそうです。
走るバスの中から見た神社にも柱が立っていました。

次の御柱祭は2016年、今回思い切って出かけて来て良かったと思います。

戻る

  

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送