旧三笠ホテル・碓氷めがね橋・安曇野・上高地
2011年7月13日・14日
2日目-2
上高地
梓川をさかのぼって行くと、川幅いっぱい 倒木で埋め尽くされていました。
ここでの自由時間は240分間、つまり4時間です。
明神池の方まで行く方たちもいましたが、私は
大正池から、河童橋
までを自分のペースでゆっくり歩くことにしました。
大正池の向こうの 焼 岳
大正4年6月6日、焼岳の大爆発による膨大な土砂流により、急スピードで梓川がせき止められました。
短時間のうちに川の水は上高地温泉まで達し、これが大正池の誕生となりました。
その後、土砂の流出が続き、現在は当時の一割以下の規模となっています。
梓川湖、大正湖などと一時呼ばれたが、やがて「大正池」の名に定着しました。
昭和2年より霞沢発電所の貯水池として利用されているそうです。
岸辺には倒木が。
上の写真の左下に見える囲いは、霞沢発電所の地下導水管トンネルの入口でしょうか?
湖底に堆積している土砂や砂礫が導水管に流入しないような構造になっているそうです。
自然観察の為の遊歩道を歩きました。
大正池と云うと 幻想的な立ち枯れの木(水没した木が枯れて幹だけ残ったもの)が有名ですが、
昔来た時より少なくなったように思いました。
小さな流は茶色に染まっていまいた。植物の葉っぱも。土砂崩れのせいのようです。
ニッコウキスゲでしようか?
田代橋と穂高橋をわたりウエストン碑へと向かいます。
ウェストン碑の手前、ホテルの前から眺めた山々。
ウエストン碑
毎年6月、彼の功績を忍ぶ『ウェストン祭』がこの前の広場で開かれています。
川辺に近い方の道をすすみました。
河 童
橋
幅1m、長さ36.6mのつり橋は、上高地のシンボルです。
昭和2年の芥川龍之介の小説「河童」に、この河童橋が登場します。
現在の橋は第5代目。
上高地についての説明
↑をクリックすると説明が大きくなります。
上高地ビジターセンター
歩き始めて丁度2時間、もう限界です。
河童橋の畔にある河童食堂に入って昼食をとりながら休憩。お蕎麦を戴きました。
環境整備のため上高地のトイレはチップ制となっております。
バスに集合、ひとりの遅刻もなく定時に出発。
途中には何箇所もダムがありました。 バスの中から。
バスにて上田駅へ、
あさま544号にて無事 19:52東京駅に到着しました。
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今回はクリアボートと熱気球に惹かれて行きましたが、ちょっと期待外れかな?
ツアーに組み込まれている体験ですからこんなものかな とも思います。
でも自分の体力から考えると、十分だったとも。
お天気に恵まれたのが何より幸せでした。
今回も活躍した水筒。
家から氷をいれたお茶を、途中でお茶はなくなりましたが、氷はのこっています。冷たいお茶を買って補充。
翌日ホテルの飲用できる冷たい水を詰めて出発。
上高地では河童橋の所に飲用の蛇口のついた水が有ったのでまた水筒に。
この水筒は蓋がコップになるのでラッパ飲みが嫌いな私には重宝します。
疲れました。
いつ迄このように旅ができるのでしょうか。1日1日を大切に過ごしたいと思います。
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