2011・11・16〜18
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碌山館
高村光太郎の詩
詩碑そのものは写すのを忘れました。
労働者
グズベリーハウス と 美術の倉
グズベリーハウスは地域の教員・高校生・中学生等の奉仕作業により建築されました。
あたたかみのある意匠にあふれた木造のハウス(枕木を使った校倉造り石葺屋根)
こんな模様が刻まれていますが、何なのでしょうか?
夕闇が迫るなか今日の宿へとバスは走ります。
最初は弟と二人でしたが、途中から母も疎開し、父だけが東京に残りました。 戦争中の担任の先生は、カチカチの軍国主義でしたが、戦後の先生とは亡くなるまで、文通をしていました。 教科書に墨を塗ったこと、学校の講堂にいた兵隊さんたち、プライマリーのグライダーを飛ばせる位の広い校庭、 爆弾で亡くなった同級生の母親、校庭の隅に掘られた多くのたこつぼ・・・・・・と記憶は消えません。 小学時代の同級生、10数人と交流があります。 |
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