皇 居 東 御 苑
2005年3月3日

急に思い立って皇居東御苑に行ってきました。

皇居東御苑は、旧江戸城の本丸と二の丸を中心とした地域で,面積は約21万m2あります。
明治10年代には東京鎮台工兵作業場等に使われていましたが、
皇居造営後には宮内庁の書陵部と楽部の庁舎、馬場、内親王の呉竹寮などに使われていました。
その後昭和35年1月29日の閣議決定により皇居附属庭園として整備され
宮中行事に支障のない限り原則として公開されることになりました。
昭和38年には国の特別史跡に指定され、
前記庁舎と皇后陛下還暦記念の桃華楽堂以外を撤去して整備、昭和43年から開苑しました。
(東京セントラルパークのHPから抜粋)

東御苑の入り口は大手門と平川門と北桔橋門があり、受付で入園券をもらい、見学することができます。

大手門から入りました。

〔1〕 御苑内の建物



公式サイトより借用

大手門                          屋根の上の鯱
  

 ← 旧大手門渡櫓の鯱     

 1945年戦災で焼失しましたが、
 頭部に「明暦三丁酉」と刻んで
 あるそうです。

 現在のは1968年に再建したものです。(上右)

左下 三の丸尚蔵館ですが、前の催し物が終わり、
次は3月12日より 「皇后陛下古希記念特別展」 でこの日はお休みでした。

右 同心番所。
  

百人番所 と 大番所。
  

左下 石室 何であったか、いろんな説が有りますが、大奥納戸の脇という場所柄から、
非常の際大奥の調度品を納めたところと考えられているそうです。

右下 ?門の跡の石垣ですが、丸い自然石と切り出した四角い石が上手く組み合わせてありました。
  

桃華楽堂

1966年香淳皇后の還暦を記念して建てられた音楽堂。八角形の建物で、
屋根はテッセンの花弁を形どっています。
皇后のお印「桃」にちなんで名付けられたそうです。

この建物だけ違和感を覚えるのは私だけでしょうか。

本丸地区には北端の 天守台 から南へ広大な芝生が広がっています
  

  富士見櫓                    松の廊下跡
     

二の丸地区は、江戸時代の日本庭園を残した地区と、
武蔵野の雑木林の地区として整備されました。江戸時代の日本庭園はここにしか残っていません。

諏訪の茶屋                           二の丸庭園
  

二の丸雑木林は、今から20年近く前に一面に芝生があったものを、
当時の昭和天皇が市民にもっと質の高い自然を提供しようと発案され、
宮内庁庭園課が造ったものです。ここでは、東京の郊外で開発によって消失する雑木林を
表土ごと移植するという画期的な工法が採られたそうです

  
絵を描きに来ているグループに逢いました。

平川門を外からと中から撮りました。
  

平川門の外に架けられた橋です。右は橋板ですが補修の跡でしょうか。クリックして下さい。
  

次は 御苑内の花々 です。

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