花菖蒲と紫陽花を観に
堀之内・妙法寺へ
2005年6月18日

(1)

「東京メトロ沿線だより」に、妙法寺の花菖蒲と紫陽花が見ごろで有ると出ていたので、
時季を逃すと花は待っていて呉れないと、早速出掛けました。

日蓮宗 やくよけ祖師  堀之内・妙法寺    

妙法寺の創建は元和年間(1615〜1624)と伝えられますが、
明和6年(1769)の火災で境内にあったすべての堂宇を焼失しており、現在の伽藍はその後の再建です。
それにしても立派なお寺なので吃驚しました。


妙法寺・祖師堂

新宿駅西口から都バスで堀之内まで行きました。

 
環七通りにある参道入り口

  
参道より「皆歸妙法」と「一天四海」の門柱から中へ入ると仁王門があります。

 この仁王門は、楼門(二階造り)とも呼ばれ、
 上層には獅子・龍・花などの彫刻が
 ほどこされています。

 左右一体の金剛力士像(仁王さま)は、
 右の像は口を大きく開け「あ」と叫び、
 左の像は口をぐっと結んで「うん」の形。

 「あ・うん」の呼吸でお寺を守っているというわけです。

   


仁王門の脇の案内図を
拡大しました。

@ 仁王門(三門)
A 祖師堂
B 本堂
C 日朝堂
D 二十三夜堂
E 浄行さま
F 大玄関
G 鉄門

  

  
天明2年(1785年)日研上人が渇水の為に掘った井戸が、未だに枯れることなく清水をたたえています。

 燈篭は確か重要文化財に 
 なっていたと思います。

 鐘楼ですが、この梵鐘には、
 「鐘の音は妙法の声、鐘を
 打てば仏と一つになる」と
 いう意味の文字の刻印が
 刻まれているそうです。

  祖 師 堂


日蓮聖人の「祖師御尊像」、つまり「やくよけ祖師像」が奉安されている、妙法寺では一番大きなお堂です。
日蓮聖人が伊豆に流刑になったとき、弟子の日朗が作り毎日拝んだ日蓮聖人木造だそうで、
日蓮聖人は男の厄年にあたる数えで42歳のとき伊豆流罪を許されました。
日蓮聖人は、日朗の心に感銘し、「わが魂はこの像に入っている。」と語り、尊像の開眼をしました。
厄を除いた由緒のあるお祖師さま「おそっさま」は厄除けに霊験あらたかだそうで人々の信仰を集めています。

本 堂

  祖師堂のすぐ後ろにあるのが、
  本堂で、三軌堂とも称します。
  ここは、主に、檀家の方々の
  法要行事などに使われています。

  正面に奉安されている「おそっさま」は、
  出開帳といって、
  昔、多くの人々がお参りできるように
  他所に持ち出されたお像だそうです。

本堂の脇に有った  

手洗鉢  

   

『複合汚染』『恍惚の人』などのベストセラーで知られる作家の
有吉佐和子さんは妙法寺のすぐ近くに住まわれていました。
境内を通って帰宅されることも多かったということです。
ご当人はキリスト教の信者だったのですが、妙法寺をこよなく愛されて
いたこともあり、周囲の方の勧めで「有吉佐和子の碑」が
境内に作られました。碑の裏側には発起人として、
竹本越路大夫・杉村春子・山田五十鈴・吾妻特穂の名が刻まれていました。

 

 五重塔は石造りの簡素なものでした。

 

  

     

  
鉄門の外からと内から。

  

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