2002  HARU_M のページ

 ネパール旅行  4月10日

〔ジョムソン・トゥクチェ〕
(それぞれ写真をクリックして下さい)

早朝5時半にポカラ空港へ行き、コスミックエアーでジョムソンへ。

機内に乗り込んだのですが、左のプロペラの調子が悪いようで降ろされて待合室へ。
カトマンズから来る整備士を待つと言うこでしたが、どうやら直ったようで、7時25分出発。

  
ジョムソン空港の前のホテルで朝食を摂ることに。
厨房では粉を捏ねて、油で揚げて、と食事の準備をしています。
下の写真の木の実(シーバックトーン)のジュースは身体に良いと
アルジュンさんが言うので飲みましたが、結構おいしく、
この「シーバックトーン」で作ったブランデーもありました。(後日試飲)
オムレツで包んだパンケーキ・ジュース・紅茶の朝食。

  
ジョムソンからは、いよいよ馬に乗って行きますが、こんなに長く乗るのは初めてなので不安に。
高い場所から乗るのですが、足の力が弱いのでなかなか馬の背に登れません。
人の手を借りてやっと、手綱を曳いて貰ってこわごわ出発です。9時。 

  
林檎の花が咲いていました。この辺は林檎が沢山とれ、「干した林檎」や「林檎のブランデー」も
売っていました。途中の村 マルファ に10時過ぎに着き。休憩 お茶と林檎をいただきました。
右の女性の髪は途中で継ぎ足しをしてあります。
トイレは少し離れた小屋までいきます。戸をしめると中は真っ暗。
11時10分出発

いよいよ アルジュンさん(Mr.トラチャン) の村 トゥクチェ に到着。12時50分。

トゥクチェは昔 チベット とインド との交易で栄えた村だそうで、村の入り口には広場があります。
立派な家も、ゴンバ(寺)もありました。後日(13日)案内して貰いました。

  

  
広場と泊ったゲストハウスです。
入り口を入ると中庭があり、二階に客室・食堂・シャワールーム等があります。
何か匂うと思ったら、二階に上る階段の奥は馬小屋になっていました。
食堂はテーブルの下に火を入れて、こたつ になっていまっす。いろんな国の人が
同じテーブルについて食事をします。料理は各自が注文。
屋上にはソーラシステムが付いていて、暖かいお湯がつかえました。
昼食は 焼きそばとポテトと紅茶。 夕食は おかゆと持参した梅干・振りかけ。
カトマンズで購入した寝袋を早速使用したので、暖かく寝られました。

  
ここいらの人は中央に目が向いていたので建築様式も他とは異なり、
入り口がアーチ型になっています。

    ゲストハウスの隣はアルジュンさんの
 家ですが、今は使用人が家を守って
 います。夏の間はカトマンズに住んで
 いるお母さんが戻ってきて住むそうで、
 中庭で何か相談していました。
 彼は土地の名氏なので,此処へ戻ると
 凄く忙しそうでした。
 
家の外観クリックして下さい。

 他の金持ちも大抵 カトマンズ等へ行って
 いて、家には使用人だけが残って農業を
 しているそうです。

  
村の男達が弓で遊んでいました。右の写真は家の入り口でミシンをかけている女性。

トゥクチェ村は 日本の富山県都賀村と
都賀村の先代村長の頃から姉妹都市になっているそうで、5ヶ月くらい日本に働きに
行った人もいて、私の馬の世話をやいてくれた人も、かたことの日本語をしゃべりました。
また近いうちに日本に行く人も居るそうです。

上のものはインターネットで調べて拝借したものです。
この曼荼羅はアルジュンさんの従兄弟の サンダイ・トラチャン が日本に行って描いたもので、
クリックすると出て来る仏画は、トゥクチェにあるお寺ので、同じ人が描いたものです。

この日は明治時代に日本人で初めて 単身ネパールからチベットへ入った
河口慧海の泊っていた ミセス セルチャン の家へも行きましたが、後日
ミセス セルチャン に昼食を招待されて伺ったので 13日の分に記します。

 ネパールTOPへ  戻る 次へ

目次へ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送